vol.16 
この頃しみじみと思う
「特になし」
kahimi karie

2024.2.9
 
年が明けてから何度か雪の日が続いて、しばらくの
間、窓の外は銀世界が広がっていました。都会は雪
が積もるとすぐに除雪しますが、田舎は誰にも踏ま
れずに残っている場所も多く、そこにまた新しい雪
が積もり重なります。


我が家の裏に普段誰も気に留めないような小道があ
るのですが、その深雪の上には動物達の小さな足跡
だけがずっと遠くまで続いていて、庭に置かれた沢
山の植木鉢に積もった雪がアイスクリームのように
モコモコとしていたりなど、どれも何気ない光景で
すが穏やかでとても良い雰囲気でした。今年のお正
月からこの1ヶ月はあまり遠出せず、そんな素朴で
静かな冬景色の中で過ごしました。




小さな丘の上にある家に住むようになって、一年半
が経ちました。我が家から見える毎日の景色、普段
は見慣れてしまっているけれど何となく特別に感じ
た時に写真を撮っています。先日、そういえばけっ
こう溜まったかなと思い、裏庭の風景写真を見返し
てみました。こうして改めて並べてみると、どんな
一日だったか覚えていないような何気ない日も、実
はとっても特別で良い一日だったように思えてきま
す。ふと、子供の頃に好きで観ていた、向田邦子脚
本のドラマを思い出しました。そのドラマは下町に
ある老舗の足袋屋さんが舞台なのですが、その女将
さんは毎晩、一日の終わりに茶の間で家計簿を付け
ます。その帳面の最後に一言メモをする欄があるの
ですが、女将さんは毎晩、『特になし』と書くので
す。ある日、浪人生の息子が家計簿をペラペラとめ
くって「なんだよ、毎日特になしなんて、つまんね
ぇなぁ」と言いました。すると女将さんは「それが
いいのよ、今日も何事もなく無事に一日を終えるこ
とができたなぁって思うのよねぇ」と答えたのでし
た。私はそのドラマを観た当時まだ小学生でした
が、子供ながらに何だか心にジンときて、今までず
っと忘れずにいたのでした。


自分もすっかり大人になり人生も長くなってきた
今、その『特になし』をしみじみ実感、共感するよ
うになったなぁと思います。そういえば私はあの女
将さんとちょうど同じ歳頃でしょうか。娘の寝顔を
覗き、娘が閉め忘れたカ-テンから今夜の月を探し
ます。





何気ない景色もその日の自分の気持ちと重なって滲
んでいき、それはいつのまにか心象風景となってい
くようです。



今年は年始に悲しいニュースが重なってとても胸が
痛む一ヶ月でした。一日も早い回復、復興を心より
祈念しています。


今年も何気ない毎日の中から大切な小さなカケラを
たくさん見つけて行けたらと思っています。


今年もどうぞ宜しくお願いいたします!


カヒミ カリィ

 

 

カヒミ カリィ

ミュージシャン、文筆家、
フォトグラファー 。91年デビュー以降、
国内外問わず数々の作品を発表。
音楽活動の他、映画作品へのコメント執筆、
字幕監修、翻訳など幅広く活躍。これまで
カルチャー誌や文芸誌などで写真
執筆の連載多数。2012年よりアメリカ在住。

http://www.kahimi-karie.com
Instagram : @kahimikarie_official

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